記事掲載:2018/11/17
片流れの屋根に、白い横張りのガルバリウムの壁。立体感のあるファサードが特徴で、くぼませた部分にはレッドシダーが張られ、それが外観に表情を与えている。
外から見ると窓が少ない印象のS邸。それ故に一見すると「中は暗い空間なのだろうか?」と心配になってしまうが、リビングがある2階は開放的で、なおかつプライバシーがしっかりと確保された落ち着ける空間が広がっていた。
ダイニングテーブルの上には、ルイスポールセンの照明「PH5」が吊り下げられている。
奥のリビング側と手前のダイニング側。それぞれ南側に窓が切られているが、高さが緻密に計算されており、外からの目線をほとんど気にする必要がない。
「ダイニング側はそもそもカーテンがないですし、リビング側もカーテンを使う必要がないくらいです」とご主人。
構造上必要な柱や耐力壁を少なくできるのも2階リビングのメリットだ。約22畳の空間の中に壁はなく、大きなワンルームが広がっていた。
しかも上を見上げれば勾配天井が伸びており、ロフトまでが一つながりなので、いっそう広く感じられる。
住宅街の中でありながら閉塞感を感じさせないリビング。ソファやダイニングチェアからは、窓越しに空を仰ぐことができる。
では、どのようにしてこの居心地のいいS邸ができあがったのか、詳しく話を聞いてみた。
塗装の仕事を通して、優れた住宅建築を学ぶ
「子どもの頃からインテリアが好きで、週末には『渡辺篤史の建もの探訪』を見る小学生でした(笑)」と笑うご主人。
大人になり塗装職人という仕事に就いて、これまで数多くの建築現場を見てきたという。
元々建築やインテリアが好きだったので、塗装の仕事を通して優れた設計の家を見ることは、ご主人にとって家づくりの勉強にもなっていた。
土地が決まり、新築は職人仲間である株式会社Ag-工務店の代表・渡部栄次さんに依頼した。「栄次さんとはかつて同じ建築現場で仕事をしたことがあり10年くらいのお付き合いになりますが、自分たちが家を建てる時はお願いしたいと考えていました」(ご主人)。
Ag-工務店の代表・渡部栄次さん(左)とご主人(右)。
Ag-工務店が設計施工を請け負っているが、設計部分はAg-工務店がパートナーシップを組んでいる加藤淳 一級建築士事務所の加藤淳さんに依頼。それぞれのプロフェッショナルが連携をして高品質な家づくりを行っている。
「はじめから2階リビングを考えていました。住宅街でリビングを1階にするとカーテンを閉め切った生活になりがちですが、2階なら開放的に生活できると思ったからです。寝室やウォークインクローゼット、水回りなど、開放感がなくてもいい部屋を1階に固めようと思いました」とご主人。
そんな具体的なイメージを渡部さんと加藤さんに伝え、プランニングをしてもらったという。
プライバシーと明るさのバランスが取れた2階リビング
加藤さんが提示したプランは、広いバルコニーのある2階リビングだ。
バルコニーの壁が目隠しとなり、通りからは掃き出し窓がほとんど見えない、プライバシーに配慮した設計となっている。
しかしながら、中のソファに座って窓の外を見ると、そこからはたっぷりと光が入ってくるし、空だけがきれいに眺められ、そこが住宅地であることを忘れてしまいそうになる。
5畳分の広さがあるバルコニーはたっぷりと洗濯物を干せるし、外からの目が気にならないので色々なことに使える。
「夏の暑い日に、ここにビニールプールを置いて水に浸かりながらビールを飲んで過ごしたりしました(笑)。外から見えないからできる使い方ですね」(ご主人)。
一方、ダイニング側の窓は少し高い位置に設けられている。下部の窓は通風を考えて滑り出し窓にしているが、上部はFIX窓のため、枠が目立たずすっきりと美しい。
高めの窓により、外からは中の様子が見えにくいが、光はたっぷりと採り込める。そのため、ダイニングはペンダントライトを付けなくても心地いい明るさに包まれている。
Sさん家族とAg-工務店の渡部さん。鉄脚と板を組み合わせたダイニングテーブルは渡部さんが製作したもの。
キッチンの前面パネルや建具には有孔ボードが使われており、好きなところに金具を取り付けて物を掛けたり吊るしたりできる。
建具などの塗装は、塗装職人であるご主人が夜な夜な現場に通って自分で作業をしたのだそう。
さらに、キッチン脇の飾り棚には光を通すポリカーボネートを採用。
これにより階段側からの光を室内に取り込めるなど、光の取り入れ方にも建築士の加藤淳さんのセンスとテクニックが現れている。
キッチンから眺めるリビング。ソファの脇には本や小物が置ける棚が造作されている。
リビングにはゆったりとしたソファが置かれており、足を投げ出して座ったり横になったりと、デイベッドのような使い方ができる。
あまりの居心地のよさに、ご主人は寝室ではなくソファで寝ることも多いのだとか。
デスク付きの小上がりに、籠もり感のあるロフト
ソファの後ろには3畳ほどの小上がりが設けられている。
壁側は掘りごたつのように脚を入れることができ、造作されたカウンターがデスクとして使える。
カウンターの端には階段があるが、そこを上がればロフトに辿り着く。
床はリビングと同じオークのフローリング。カリモク60のロビーチェアが置かれた居住性の高い空間が完成していた。
横長の窓から程よく光が差し込むため、思いのほか明るい。ソファに腰掛けながら読書に没頭するのにも良さそうだ。
個室・収納・水まわりは1階に集中
改めて外から見てみると、ポーチはコンクリート塀に程よく目隠しされているので、玄関が外から丸見えになることがない。
塀の脇には庭木が植えられ、無機質な印象を和らげてくれている。
ポーチは両サイドが壁に囲まれており、洞窟に入っていくかのようなワクワク感と共に中へと誘われていく。
この建物がせり出した部分左側は4畳弱の収納スペース。
ご主人のピストバイクやアウトドア道具などが収められている。壁に付けられた可動棚は、後からご主人がDIYで付け足したものなのだとか。
一方、ポーチの右側は寝室になっている。
緑色の壁は外壁に使われる塗り壁「ジョリパッド」で仕上げられ、ざらりとした独特の表情がアクセントになっている。
もちろんこの塗り壁もご主人による施工だ。子ども部屋とトイレにも同じ塗り壁が使われている。
再び玄関前の廊下に戻る。穏やかな光が差し込む空間にドウダンツツジが彩りを添えている。このような細やかなしつらえは、ご主人が考えているという。
階段横には少し広めの洗面脱衣室があり、こちらは物干しスペースも兼ねている。洗面台は造作で、モノトーンのモザイクタイルがかわいらしい。
開放的なワンルームの2階とは対照的に、1階は細かく分けられた部屋で構成されているが、2階よりも荷重が多く掛かる1階は壁の量を多くする必要がある。
そういう意味でも、1階に細かく区切られた個室を配し、2階に大きなリビングを設けるという考え方は合理的だ。
設計・デザインだけでなく、断熱施工にもこだわる
ここまで設計やデザインについて説明をしてきたが、居住性や省エネ性に影響する断熱性能にも力を入れているという。
「断熱性能をできる限り高めるため、断熱材がすき間なく入る独自の入れ方をしています。デザインを良くしていくことやお施主さんの希望を叶えることも大切ですが、見えない部分にもしっかり力を入れています」と渡部さん。
住宅を見る目が肥えているご主人が描いたイメージに、施工のプロ、設計のプロの技術が融合し、満足度の高い家ができあがった。
「共働きなので仕事の日は慌ただしく過ごしていますが、休日にソファでゆっくりくつろぐ時間が好きです」と奥様。
一方ご主人は、家ができたことで新しいことを始めるようになったという。
「普段の弁当用に梅干しを自分で作ってみようと思いついて、Amazonで紀州梅を買いました(笑)。カーポートの下で干して、漬けて…。1年分の弁当用の梅干しができあがりました」(ご主人)。
家族がリラックスして過ごせるのはもちろん、新しいことにも挑戦をしたくなる家。それは、住まいが心にゆとりをもたらしているからなのかもしれない。
居心地のいい隠れ家のような2階リビングが、家族に癒やしと新たな経験をもたらしている。
S邸
新潟市北区
延床面積 99.36㎡(30.00坪)
竣工年月 2018年1月
施工 株式会社 Ag-工務店(Facebookページ)
設計協力 加藤淳 一級建築士事務所(Faceboookページ)
(写真・文/鈴木亮平)